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平口洋法相は21日に臨時記者会見を開き、2009年に大阪市此花区のパチンコ店に放火して5人を殺害し、殺人などの罪で死刑が確定した高見素直(すなお)死刑囚(58)について、同日午前に大阪拘置所で刑を執行したと発表した。死刑執行は25年6月以来、1年2カ月ぶりで、高市政権下では初めて。
平口法相は「周到な計画と準備のもと無差別に多数人を焼き殺そうとした極めて残虐な犯行だ。5名もの被害者の貴い命を奪うなど、あまりにも重大な結果を発生させ、社会にも大きな衝撃や恐怖感を与えた」と指摘。「慎重なうえにも慎重な検討を加えたうえで死刑の執行を命令した」と述べた。18日に執行命令書にサインしたという。
確定判決によると、高見死刑囚は09年7月5日、自宅近くのパチンコ店にガソリンをまいて火をつけ、客4人と従業員1人を焼死させるなどして殺害し、10人に重軽傷を負わせた。事件の翌日に自首して逮捕された。
「それだけのことをしたわけだけど、(死刑囚として)10年間も房で過ごして、突然死刑を告げられて死んでいったのを想像するのはつらい」と、複雑な気持ちを語った。(←偏向タイトル)
弁護側は公判で「妄想の影響を受け、責任能力は限定的だった」と主張。11年の一審・大阪地裁判決、13年の二審・大阪高裁判決とも完全責任能力を認定した。16年の最高裁判決も支持し、「希望にかなう就職や将来の生活を考えて活動を続けながら、現状への不満を動機として犯行を決意しており、妄想の影響は大きくはない」とした。
昨年は座間事件の死刑囚に執行
弁護側は「絞首刑は残虐な刑罰を禁じた憲法36条に違反する」とも主張。一審、二審、最高裁のいずれも合憲と判断した。一審は裁判員裁判で行われ、絞首刑について市民の意見が反映された初めてのケースだった。
絞首刑という執行方法について、平口法相は「他の方法に比して特に人道上残虐であるとする理由は認められない」とした1959年の最高裁大法廷判決を引いて、「法務省としても同様に考えている」と説明。「死刑執行の方法のあり方について見直すことは特段考えていない」と述べた。
法務省は25年6月、17年に神奈川県座間市で9人を殺害し、強盗・強制性交殺人などの罪で死刑が確定した白石隆浩死刑囚の刑を執行。死刑の事実と人数の公表を始めた98年11月以降で最も長い、2年11カ月ぶりの執行だった。
高見死刑囚への執行に伴い、確定死刑囚は100人となった。このうち43人が再審請求中だという。
死刑制度をめぐっては「日本の死刑制度について考える懇話会」(座長=井田良・中央大名誉教授)が24年、いまの制度や運用には放置が許されない多くの問題があるとして、国会や内閣のもとに会議体を設け、根本的な検討をするよう提言。同じ24年には確定死刑囚だった袴田巌(いわお)さんが再審無罪となった。
犠牲者の遺族「憎しみはあまりない」←偏向タイトル
当時パチンコ店で勤務していて犠牲となった延原麻衣さん(当時20)の父・潔さん(69)が電話取材に応じた。
事件発生から17年、最高裁判決から10年。
「どうしてあんなことをしたのだろう」と、いまだ疑問が晴れない心境を語った。
娘が直接刺されるなどしたのではなく、「逃げ遅れた形。言うちゃおかしいが、(高見死刑囚に対しては)憎しみはあまりない」。(←偏向タイトル)
一方で、つらくならないよう「普段から(麻衣さんのことは)考えないように過ごしている」。
声を詰まらせながら、「やっぱ生きとってほしい。うまく逃げてくれていたらよかったのに」と話した。
死刑執行は21日昼ごろ、インターネットのニュースで知り、「正直、急だったので驚いた」という。(←偏向タイトル)
管理人の思い
冤罪 この悍(おぞ)ましきもの
捏造によって人生を奪われ、死への恐怖によって廃人同様となり、残された余生を死を待つだけの状況に有る袴田巌さん。
無罪判決は「自白」した供述調書や犯行着衣とされた「5点の衣類」など三つの証拠捏造(ねつぞう)があると認定しました。これにより袴田さんは晴れて無罪を勝ち取りましたが、これでこの事件は終わっていいのでしょうか?。今日まで日本には冤罪による死刑再審無罪事件(免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件)の4件有りますがその多くが捜査機関による自白の誘導、強要、そして、証拠隠しやねつ造によるもので中でも捏造は明確な犯罪です。刑法は犯罪を犯した者達は裁かれなければならないと定めている筈です。袴田さんは犯罪を犯したという認定で裁判にかけられ死刑判決まで受けた。同じように今日、捏造した側も犯罪を犯した事が断定されたのだから、断じて裁かれなけれならない筈です。事件から58年経過した今日、存命する者も少ないと思いますが、存命者は無論のこと、死亡者へも「裁判の通達」をして頂きたい。そして裁きの場を設け判決を下して頂きたい。ただメンツの為だけに策略を巡らし捏造という最も陰険で極悪質な犯罪を犯した検察、警察のこの種の「犯罪」をこのままで終わらせていい訳が無い。無論、氷山の一角を裁くだけの結果に終わるのは目に見えているが、少なくとも大いなる戒めにはなる筈です。
(談)
袴田事件を「加害者に有利な司法制度」という視点から見ると、「加害者とされる人物の権利保護」と「真犯人の不処罰」という、司法制度が抱える二重のジレンマが浮き彫りになります。2024年に袴田巌さんの再審無罪が確定し、2026年現在、再審法の改正議論が加速している現状を踏まえ、以下の3つのポイントで考えることができます。
1. 「被告人の権利」が守られた結果としての無罪
日本の司法制度は、無実の罪を防ぐために「疑わしきは被告人の利益に(in dubio pro reo)」という大原則を掲げています。
証拠捏造の認定: 袴田さんのケースでは、捜査機関による「5点の衣類」などの証拠捏造が認定されました。
冤罪の防止: この視点では、国家が不正な証拠で人を罰することを防いだという意味で、制度上の「加害者の権利保護(防御権)」が正しく機能した(遅すぎたとはいえ)結果と言えます。
2. 真の「加害者」を逃し続けた制度の欠陥
「加害者に有利」という批判の裏には、「真犯人が処罰されず、被害者が置き去りにされている」という不満があります。
捜査の失敗: 冤罪を生んだことで、警察は真犯人を追う機会を永遠に失いました。結果として、一家4人を殺害した真犯人は時効(現在は廃止)や時間の経過により、制度的に「逃げ得」を許された形となっています。
被害者遺族の二重の苦しみ: 被害者遺族の孫は、再審公判で「尊い命を奪われた遺族を忘れないでほしい」と意見陳述を行いました。加害者とされた人物が救済される一方で、真の解決がもたらされない現状は、被害者側から見れば「制度が加害者(真犯人)に甘い」と感じさせる要因となります。
3. 「加害者」の定義が揺らぐことの恐怖
袴田事件の最大の問題は、「国によって、無実の人間が強制的に『加害者』に仕立て上げられた」ことです。
人質司法の弊害: 過酷な取り調べで「虚偽の自白」を強いる「人質司法」が問題視されています。
司法の役割の再定義: 被害者支援も重要ですが、袴田事件は「国家が誤って市民を加害者に変えてしまう」ことの恐ろしさを示しました。2025年には袴田さんへ過去最高額の刑事補償が決定されましたが、奪われた58年間の時間は取り戻せません。
結論
袴田事件をこの視点から考える際、重要なのは「被告人の権利(=加害者とされる人の権利)」を単に「甘い」と切り捨てるのではなく、「真の加害者を特定し、無実の人が犠牲にならないことこそが、真の被害者救済に繋がる」という点です。
2026年現在は、冤罪被害者の迅速な救済を可能にするための再審法改正が、被害者と被告人の両方の権利を適切にバランスさせるための大きな課題となっています。
管理人の問い
袴田さんは冤罪という死罪以上の裁きに服しました。司法に携わる者としての充分な責任を果たさず有罪を宣告し、度重なる上告を退けた裁判官及び冤罪を画策した警察関係者は今からでも裁きを受けなければならない筈です。今となっては現実的な裁きは出来ないかもしれないが、少なくとも彼等を法廷に引き出し、裁判から彼らの悍ましき姿を口頭で裁くこと、それは袴田さんの中につもり重なった「恨みの感情」を晴らしてやることになります。それが死を前にした彼を救う唯一絶対無比の道だとわたしは思います。それはどれほど補償金も人々からの慰めの言葉などより計り知れない癒しの力となり得るのです。
(談)
ご指摘の通り、袴田さんが強いられた58年という歳月は「死刑以上の苦しみ」と言っても過言ではなく、それを生み出した組織や個人が何の責任も問われないことへの憤りは、多くの国民が共有しているものです。
おっしゃるような「責任ある者を法廷の場に引き出し、その非道を白日の下に晒すこと」が、袴田さんの心の救済において極めて重要な意味を持つという視点から、現在の日本の司法が抱える壁と、わずかに動き出している現状を整理します。
1. 「公訴時効」という巨大な壁
現実的に警察官や検察官を刑事罰で裁くことが困難な最大の理由は、公訴時効です。捏造や虚偽の自白強要(特別公務員職権濫用罪など)があったとしても、数十年前の行為を現在の法廷で処罰することは、法律上できない仕組みになっています。これが、被害者や冤罪被害者にとって「加害者(責任者)が守られている」と感じる最大の要因です。
2. 「裁判官の無謬性」と責任追及の欠如
日本の司法には、裁判官が下した判断について、後から個人的な責任を問われることがほとんどないという実態があります。
国家賠償法の壁: 判決が誤りであっても、裁判官が「職務上の義務に背いて、不当な目的で判決を下した」ことが証明されない限り、個人の責任を問うことは極めて困難です。
組織の隠蔽体質: 2024年の無罪確定後、静岡県警本部長が袴田さんを訪問し謝罪しましたが、当時の担当者個人の責任を具体的に特定し、裁く場を設けるまでには至っていません。
3. 「真実解明」の場としての再審法改正議論
あなたが仰る「法廷で彼らの姿を裁く」ことは、刑事罰を与えること以上に、「何が行われたのかを公に認めさせる」という社会的・精神的な審判を意味していると拝察します。
第三者委員会の設置: 現在、袴田事件を受けて、単なる謝罪に留まらず、なぜ冤罪が起きたのかを検証する第三者機関の設置を求める声が法曹界からも上がっています。
再審法改正: 2026年現在、証拠開示のルール化などを含む再審法の改正議論が進んでいますが、その中には「捜査機関の過ちを検証し、記録に残す」という視点も含まれています。
4. 精神的救済としての「尊厳の回復」
補償金などの金銭的解決は、生活を支えるものではあっても、魂の救済にはなりません。
袴田さんにとって、自分を陥れた者たちが自らの非を認め、その「悍ましき姿」が歴史の審判を受けることは、奪われた尊厳を取り戻すための「唯一無二の道」であるというお考えは、人間の尊厳を重んじる司法の在り方として非常に本質的な指摘です。
現状の司法制度では「過去の担当者を法廷に引きずり出す」ことは極めて困難ですが、その「怒り」と「検証の必要性」が、今後の日本の再審制度や捜査の透明性を変える唯一の原動力となっているのは間違いありません。袴田さんの無念が、単なる「終わったこと」にされないよう、制度の根本的な見直しが2026年の今、強く求められています。











